これから4回にわたって、岡田幹彦先生の「親日はかくして生まれた 第二章 ポーランド孤児の救済」をご紹介します。
この著書を読む前に皆さんに持っていてほしい知識です。
私たちの意識下にある「ヨーロッパという進んだ国が集まっているエリア」においての、「ポーランド」という国の悲しい過去の歴史です。
10世紀後半に建国。14~16世紀、ポーランドはヨーロッパ有数の大国でしたが、18世紀、ロシア・プロシア・オーストリアという周辺大国によって分割され、1793年、ポーランド国家は消滅しました。
第一次世界大戦後の1918年、ロシア・ドイツ・オーストリア、三帝国の崩壊によりポーランドは独立を回復しましたが、1939年、共産国家ソ連とナチス・ドイツによって全土を二国に占領され再度の亡国となってしまいました。結果的にソ連に全土を占領され、第二次世界大戦後の1948年、ソ連の衛星国「ポーランド人民共和国」が誕生しました。
1980年に共産党の支配を受けない全国的な労働者活動「自主管理労働者組合 連帯(ワレサ議長)」が発足し、反共産主義活動が活発となり、1989年に非共産主義国「ポーランド共和国」が成立し、現在に至ります。
この歴史の中で、1918年にポーランドが独立を回復した折、過去、ロシアによってシベリアに送られていたポーランド人は祖国への帰還を目指しましたが、それができなかったのが孤児たちです。
その孤児たちを救済するために日本人が行った友愛の物語が「ポーランド孤児の救済」です。
これも大切な日本の歴史です。ぜひ、お読みください。
【おまけ】
実は昨年2024年が「ポーランド孤児来日100年」だったようで、その記念式典の産経新聞記事です。
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〇🔗ポーランド孤児救出100年、記念レリーフ除幕式に久子さまご臨席
〝1920~22年、シベリアで過酷な生活を強いられていたポーランドの孤児を、日本が救出して100年が経過したことを記念する式典とレリーフの除幕式が31日、東京都渋谷区の社会福祉法人「福田会」で行われた。”
〝18世紀後半、ロシアなどによって分割されたポーランド。第一次世界大戦後に独立を果たしたが、シベリアに送られ、飢餓や病に苦しむ孤児が多数いた。
ポーランドは各国に孤児の救出を要請。日本は官民が連携し、計765人を救出した。
このうち計375人を受け入れたのが、福田会が運営していた福田会育児院だった。健康を取り戻した孤児らはその後、無事、帰国した。”